双極性障害の誤解

ヤフーニュースでめずらしく双極性障害についての記事を見ました

 

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170907-00187118-toyo-soci&p=1

「つらいのはうつ、怖いのは躁」

っていうのわかる気がします

 

私は双極性障害II型の疑いがあるだけで、

II型の躁状態は軽躁状態だからI型の人の躁状態が怖いっていう気持ちがわかるって言ったところで

言葉に重みがないかもしれません

 

軽躁だから元気な時に人に迷惑をかけることがあったとしても、

軽躁でない躁状態のようにいきなり起業したり大金使ったりというようなことはなくて、

ただ普段だったらあまりやらないようなことを引き受けてしまったり

普段の数倍何かを頑張れたりするくらいです

(普段、というのは鬱でも躁でもなかった時と比べて)

 

でも、それがうつ状態になった時にいっきにどーーーんって下がるんです

 

しかも躁状態の時は自分が躁状態だって気づいてないというか、

元気だから自分は大丈夫だ〜って思っちゃって躁状態だなんて信じられない

ましてやうつだった時期のことも嘘だったみたいに自分が病院に行く必要なんて全くないし

落ち込んでたことあったけど、もう大丈夫だ!って思っちゃうんです

 

そこから鬱状態になるから、もう悲惨です

 

特にまだ病院に通っていなくて自分が双極性障害躁鬱病って気づいてない時に

躁状態からうつ状態になると、天国から地獄です。

双極性障害って知らない時は躁状態が自分の普通の状態って思っちゃうから、

本来の普通よりも何倍(例えば7倍)もいろいろなことが上手くいっているような気がしていた躁状態から、

逆に本来の普通よりも何倍(例えば8倍)も自分のことがだめだと思ううつ状態になるんです

 

そうすると、うつ病だったらうつ状態の時に8倍落ち込むとして、

双極性障害だと躁状態からうつ状態になったとき、7かける8で56倍落ち込むんです

(足し算なのか掛け算なのかは人それぞれだと思いますが、例えばの話です。

双極性障害うつ病の辛さを比べているわけでは決してありません)

 

特にうつ状態の自分が、躁状態の時の自分がやらかしたこと

(誰かに迷惑かけたり、本来の自分だったらやらないようなことに挑戦して失敗していたことなど)

に気づいた時こんなに何にもできなくて何もできないくせに頑張って人に迷惑かける自分は死ぬしかないって思う。

 

双極性障害II型の軽躁状態は、周りの人にかける迷惑はI型の躁状態に比べて少ないと思います

それでもうつ状態になった時死ぬしかないって思うくらい落ち込みました

 

 

I型の双極性障害は本人は気づかないけど周りはすごく迷惑する、本人にのみ都合のいい病気みたいに言われています。

でもII型でもうつ状態になった時ひどく落ち込むのに、I型でうつ状態になって自分がやってしまったことに気づいた時どれくらい辛いかは想像もできません

 

躁状態の時の本人は決して迷惑をかけたくて行動しているわけではないんです。

 

本来の自分の能力以上に行動してしまうから、気づかぬまま気力も体力も削ぎ落とされていて、

うつ状態になったとたん全て削ぎ落とされた分自分にふりかかってくるんだと思います

 

双極性障害も辛い病気です。

他の病気に比べて周りも辛いことが多いと思いますが、

うつ状態になったときの本人は、周りに迷惑をかけたということがひしひしとわかって

その事実にも苦しみます。

 

病気だから、病気だったから、周りに迷惑をかけたことが正当化されるかどうかは別として、

双極性障害躁状態からうつ状態になった時、周りに責められなくても本人がそれ以上に自分のことを

責めて苦しんでいることがほとんどだと思います。

双極性障害を患った人は自殺率が高い理由がわかる気がします。

 

だからといって迷惑をかけられた側が責めないことは難しいと思いますが、

双極性障害は本人は楽で周りが迷惑する病気ではなくて、躁状態ではない時に本人もすごく苦しむ

ということが認知されるといいなと思います

 

 

仮に躁状態が死ぬまでずっと続いたとしたら、本人はずっと楽なままですが、、、

どこかでうつ状態になることがほとんどじゃないかなぁ、、、

 

 

 

 

 

II型もII型で、軽躁状態が普通の元気な状態だと思われてうつ状態になってもあの時元気だったしまた元気になるでしょ、あの時頑張れてたんだから今も頑張れるでしょ、と言われたり、自分でも大丈夫だと思い込んでしまう難しさがあります。

病院に行くのはうつ状態の時か、うつでも躁でもない状態の時だから双極性障害のI型は疑われても、逸脱した行為がないってわかるとII型は疑われずにうつ病だと誤診されたり、元気なことがあるなら病気じゃない、大丈夫でしょう、と医者から言われてしまったり。

 

 

躁状態になることが、元気になることが怖い。またうつ状態になった時、ツケが全て回ってくるのがわかっているから。

うつ状態になった時にツケが回ってくるというより、ツケが回ってくるからうつ状態になるのかな。

わからないけれど、躁状態の時って本当にその状態でいる時だけ、本人は気持ちよくて自信過剰で、躁状態が終わった時には自信喪失して元気になることが怖くてびくびくしてるのって、独特の辛さがあると思います

 

薬を飲んで躁でもうつでもない状態に長い間戻れたとしても、もし薬が効かなくなったら、、、躁状態になるのも怖いし、うつ状態になるのも怖い。

私は双極性障害II型の疑いがあるだけですが、今飲んでる薬が効かなくなったら正直生き続ける自信はないです

たったの数年辛かっただけで、一度医師に病気じゃないだろうと言われたものの、その後ネットで双極性障害II型を知って精神科にいって合う薬が見つかったから、私なんてまだまだ大変な思いはしてない方だと思いますが、それでももう二度と同じ思いをしたくないな、、、

 

 

相模原殺傷事件 「ネットの意見」

こんなにもこんなにも悲しい事件が現実に起こった

ということが未だににわかに信じ難いです

 

犯人の思想に同意するような意見がネットであったという報道が

あって、

実際にあのような思想の人がいるということは事実だけれど、

 

全くもって犯人の思想に同意しない、

 

障害を持っている人たちの命もそうでない人の命と同じ価値がある、

と思っている人が確かにいるということを知って欲しいです

 

障害を持つ人とそうでない人が

共に支え合える社会になってほしいと心から願っています。

 

 

このブログを誰も読まなかったとしても、

あの事件に対するネットの声として、

確かにある一つの意見として

ここに私の思いも残させてください

 

もう二度とあのような事件が起こらないように祈っています

 

施設の入所者の方々、職員さんや亡くなった方々のご家族の心に平安が訪れることを願って止みません

 

 

 

このサイト、たまたま見つけたのですが1人でも多くの人に見て欲しいと思ったのでシェアさせていただきます

二度と尊い命があのような事件で失われることがありませんように、、、

http://www.nhk.or.jp/d-navi/19inochi/

 

 

潮待ち時

たまゆら もあぐれっしぶ 10話 いつかくるその日まで、なので

を見ました

 

 

昔の船はエンジンなんてないからいい潮の流れがくるのを待って目的地に出発した

ということから

潮待ちって言葉があるそうで

 

卒業後やりたいことが見えてこなくて悩んでいたかなえ先輩は、

潮が来なかったら……?

と不安がります

 

来ます、必ず

 

それがいつかは誰にもわからんですが、必ずです

 

と答えるまおんのお父さん。

 

 

今は潮待ちの時でも、いつか必ず漕ぎ出していく、

そういうものなんです、

というメッセージが込められていました

 

 

たまゆら、いろんなサイトでお勧めされているのを見て

何年か前に1話だけ見てみたけど

あんまりおもしろくないって思って見るのをやめてしまっていました

 

すごくもったいないことをしていたと思います

 

癒されて、なんだか勇気をもらえる。

そっと背中を押してくれる。

 

たまゆらを見ようか迷っている人がいたら見て欲しいと思います

 

 

 

いろいろ悩んでたけれど、今はまだ潮待ちの時だと思ってもっと将来に希望を持ってみようと思う

 

 

たまゆら もあぐれっしぶ 9話 心に灯す竹あかり、なので

写真が好きでアニメも好きなのになんでこのアニメもっと早く見なかったんだろう

 

この話に出会えてよかった。

 

 

私は写真を撮るのが好きで写真部に入ったけど

技術的なことばかりにこだわる他の部員に違和感を感じて

1年間部長を頑張ったものの いろいろなことに心がついていけなくなって

写真部を辞めました

 

部長をやる前にこの話に出会いたかったな

 

でも今出会えてよかった。

 

きっとまだ遅くない

 

写真部に入っていた時、私もふうちゃんが自分が撮った写真を見た

夏目さんに最初に言われた言葉と同じようなことを言われたことがある。

 

その時感じた違和感というか、そういうことを言われてずっと胸につっかえていたものが

もあぐれっしぶ9話の後半でいっきにとれた。 

 

志保美さんの

「写真を撮ることが好き、私にとってそれが一番大切だった」

って言葉に始まり

夏目さんが竹あかりに囲まれて話す言葉たち

 

私の写真に対する思いがふうちゃんの思いやふうちゃんのお父さんの思いと一緒で、

それでいい、私にとってはそれがいい、って思えました

 

写真を撮るのが好き、好きなものを大事なものを撮りたい

 

そんな思いだけで撮ってていい

きっとそれだけだからこそ写真を通して伝わるものがある

 

なかなか同じ思いで写真を撮っている人に出会えなくて

 

写真を下手だと言われて落ち込んでたり

なんのために写真を撮ってるのか聞かれて答えられなかったりしたけれど

 

このアニメに、特にこの話を見れたから

これからは写真を撮るのがもっと好きになれそうです

 

素敵なアニメをありがとうって心から言いたいです

 

 

 

 

何年か前、小さい頃この湖の近くに住んでいた大好きなおじいちゃんに見せたくて撮った写真

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ナルト

ナルトの方がよっぽど辛かったと思うけれど

 

周りから認められないという気持ちが

 

自分で自分のことを認められなくて

存在しているだけで苦しくて

この世に必要とされていないって思っていた

うつ状態の時の気持ちと似ている気がして

 

ナルトや我愛羅の話は一つ一つのシーンに心がキューっと痛くなる

 

そして誰かから認められて自分のことも他の人のことも認めているナルトの言葉に

時に救われて

度々心動かされて

こんな風に強くなりたいと思う

 

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「笑われている」だけ 桂歌丸さんの言葉

桂歌丸が語る裸芸批判の真意「起用する側にも責任ある」

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170625-00000013-pseven-ent&p=1

 

この記事、桂さんの言葉だからこそ重みがあるし

「言っちゃ失礼ですけど、裸でお盆を持って出て何が芸なんですかね。あれを日本の文化だと思われたら困るんですよ。あんなのは酔っ払いがお座敷でやるようなもんですよ。落語家も、漫才師も、あるいは歌舞伎、お能狂言の方も、皆さん日本語を駆使して芸を披露しています。言葉ってのは“その国の文化”なんです。

 私たちは落語を通してお客様に笑っていただくわけです。ただ、ああいう方は、言葉を生かさずに、裸で踊っているだけじゃないですか。『笑われている』だけなんですよ。なんでそのことに気が付かないんだろうと思いますよ」

という言葉に納得しました

 

おもしろいと思う人が多いのかもしれないけど「笑われている」人を見てもいい気持ちはしない。

 

言葉を使っていたとしても下品な言葉や人をばかにするような言葉ばかりだと

「笑われている」だけだと感じます

 

何かが満たされるような、元気になって明日も自分にできることを頑張ろうって思えるような

おもしろい「笑われている」だけではない芸って、

最近少なくなったなぁ とテレビを見ていて思います

 

 

桂さんが酸素吸入器をつけて息苦しい中話した言葉、

芸を提供する1人でも多くの人たちに届きますように、、、

麻央さん

小林麻央さんのブログ、毎日ではなかったけれど読んでいました

 

心の美しさが一つ一つの言葉から、目の中の綺麗な光から伝わってきました

 

本当に亡くなられたのかな……

 

最後に更新されたブログを読んだばかりだったから

明日また素敵な言葉のブログを更新してくださるんじゃないかって思えて

ニュースを見ても亡くなったという実感が湧きません

 

麻央さんの言葉を読んで何度も頑張るための力をもらいました

 

麻央さんが残してくれたものがどれだけ大きいか

 

病気になっても全ては終わりじゃない、

死んでも全ては終わりじゃない、って彼女の人生が示していると思います

 

誰かの心に生き続けている

 

 

本当に本当に辛かったと思います

今は安らかに眠れているのかな、

天国で目覚めたとき痛みから解放されていても子どもたちのことが心配で仕方ないだろうな

 

 

どうか残された麻央さんの家族が静かな心安らぐ時間を持てますように……